2012年1月1日日曜日

筆跡保存性テスト

筆跡の保存性のテストをまとめてみました。個人が適当にやったものですので、話半分にお読みください。

目次

1. テスト内容と趣旨

文字の保存性とインクの劣化について
書いた文字の保存性を考えるには、まず、文字が消える状況、つまりインクが劣化する状況を考える必要があります。以下、経時劣化と故意による改ざんの場合を考えます。

経時劣化について(長期保存)
これについては、国立公文書館での調査が参考になります。これは、平成12・13年度に、国立公文書館が所蔵の公文書等について、劣化状況を調査したもので、調査の詳細な報告と、それにもとづいて平成14年に作成された保存対策マニュアルが、公開されています。


報告の内容としては、インクよりも、紙などの媒体の損傷劣化についての記述が多いのですが、インクについても、劣化する主な状況として、「インク焼け」、「退色・変色」、「油じみ」などが記述されています。

「インク焼け」とは、ブルーブラックインクなど酸性度の高いインクが、時間が経つと紙等を侵食して、穴をあけることです。欧米の没食子インクを使った文書では、多く見られるもののようです(http://en.wikipedia.org/wiki/Iron_gall_ink)。もっとも、上述の調査では、ブルーブラックインクでも、文字部分が抜け落ちるほどの顕著なものは見られなかったのとのことなので、余り心配する必要はないかも知れません。また、現在のインクは基本的に中性なので、普通のインクを使う場合は、この点はほとんど問題にならないと思われます。

「退色・変色」とは、インクの色が薄くなったり変わったりすること全般を指し、理由は様々です。上述の調査でも、分類は困難とされており、原因を一言で言うことは難しいでしょう。もっとも、現在使用されているようなマーカー等については、背表紙に書かれた部分が退色していたとの記述があり、光が原因であると推測されるものもあります。無機顔料を使ったインクが、この点は優れていると予想されます。

「油じみ」(注1)とは、インク中の油分がにじんでくるものです。油性ボールペンなど油性インクで見られることがあるようです。もっとも、報告書中では、油性ボールペンは「保存性はよい」とされており、読めなくなるようなものは少ないようです。


(注1)なお、この「油じみ」に関しては、個人的には、油分がにじんできたというよりは、染料が広がったと捉えるべきではないかと推測しています。
確かに、油性インクに使われている油分(溶媒)は乾燥が遅いため、筆記後、一見乾燥しているように見えても、実は紙に浸透したことにより乾燥したように見えているだけということがあります。この場合、時間が経つとさらに溶媒の浸透が進み、染料が分離してにじむことがあります。しかし、筆記後、数週間以上経てからにじむような場合は、つまり長期間の保存でにじんでくるような場合は、溶媒は既に乾燥しているはずです。この場合、溶媒がにじむのではなく、空気中の水分等により染料が分散することで、文字がにじんで見えるというのが、自然ではないかと思います。
こう書くと、油性インクが水分によってにじむことなど無いのではないかと考える方がいるかも知れませんが、C. 耐水性テストの結果を見ればわかるように、油性インクに使われている染料も、水分によってにじむことは往々にしてあります。

故意による改ざんについて(改ざん防止)
海外では、Check Washingという詐欺の類型があります。

これは、小切手(Check)を洗浄する(Washing)ことで、金額等について書かれた部分を消してしまい、内容を改ざんするというものです。小切手を多用する欧米では、年間でかなりの被害が出ているそうです。

鉛筆ならともかく、ボールペンなどで書かれた文字を消すことはできないのではないかと思う方もいるかも知れません。しかし、多くの油性ボールペンは、油性染料をアルコールと類似した溶媒に溶かしたインクを使っています。つまり、アルコール等の溶媒を使えば、洗い流すことができるのです。油性ボールペンは、水には強いことから、筆跡も頑強な印象を持たれがちですが、実際には、もっとも改ざんされやすいペンの一つとなっています。

また、インクでは問題になることは少ないのですが、摩擦による文字の消去も考えられます。インクの浸透が少ない場合では、表面の摩擦によって、文字が消えることがないともいえません。

テスト方法
そこで、テスト方法について考えます。

この点については、JIS規格(S6039「油性ボールペン及びレフィル」、S6054「水性ボールペン及びレフィル」、S6061「ゲルインキボールペン及びレフィル」)が参考になります。これら規格では、公文書用各ボールペンの品質項目において、耐水性、耐光性、耐消しゴム性、耐アルコール性、耐塩酸性、耐アンモニア性、耐漂白性を定め、それに応じたテストをしています。これは、前述の各原因に対応したものと考えられ、これらの項目についてテストをするのが望ましいと思われます(注2)
 
(注2)
なお、顔料インクについては、定着剤の分解後に洗浄する方法による除去が可能なはずであり(衣服のクリーニングについてはこの方式が利用されているようです)、JISのテストではこの点までは考慮されていないように思います。しかし、身近な薬品では紙を傷めずに定着剤を分解・洗浄するのは難しいと思われるため、あまり心配しなくて良いのではないかと思います。
 
実際に行なったテスト
もっとも、テストには難易度の高いものもあるため、とりあえず、簡単にできる以下のテストに限定して行うことにしました。
 

A. 耐光性テスト
…光による退色を測定(長期保存向け)
B. Anti Check Washing Test
…アルコール、アセトンへの耐性を測定(改ざん防止向け)
C. 耐水性テスト
…水によるにじみを測定(改ざん防止・長期保存向け)



A. 耐光性テストでは、光による退色具合を調べました。光による退色は蓄積していくものですから、
長期間保存する場合を考慮したテストと言えます。本来ならブルースケール(退色を図る基準となる青色染料布を使って測定するべきでしょうが、入手が面倒だったので相対的な比較にしました

B. Anti Check Washing Testでは、アルコールとアセトンに対する耐性を測定しました。アルコールとアセトンを選択したのは、Check Washingに、これら2種の溶媒が使われることが多いらしいからです。

C. 耐水性テストでは、水によるにじみ具合を調べます。水に濡れた際の耐久性を調べるという意味では、短期保存や改ざん防止という点からのテストになりますが、前述のように、空気中の水分等により染料がにじむという問題についても、その傾向をつかむことができるため、長期保存の点からのテストとも言えます。



※(余談)ボールペンの分類について
ボールペンの分類は、一般に、油性、水性、ゲルというように分けられています。ですが、これは、溶媒による分類と、インクの状態による分類を混同しているように思えます。厳密に言えば、溶媒による性質により油性・水性を分け、インクの状態による分類によりゲルか否かを分けるべきではないでしょうか。また、色材が顔料か染料かによって、インクの保存性は大きく異なりますので、この点も加味すべきだと思います。

よって、以下のように整理すると、分かりやすいと思います。

もっとも、JISの分類では、このような定義はされておらず、粘度と、筆記時の粘度変化を組み合わせた分類が行われていますS6039「油性ボールペン及びレフィル」、S6054「水性ボールペン及びレフィル」、S6061「ゲルインキボールペン及びレフィル」)。まとめると、以下のような図になります。

これによると、定義上の空白が2箇所できます。

まず、粘度が20mPa・s未満で筆記状態と静止状態のインキの粘度の差が大きい場合は、もともとインク粘度が低いため、通常の水性ボールペンと性質の差を感じることができないでしょう。これは水性ボールペンと呼んでも差し支えないかも知れません。

しかし、粘度が20mPa・s以上1000mPa・s未満で、筆記状態と静止状態のインキの粘度の差が小さい場合は、なんと呼ぶべきかが問題になります。最近の低粘度油性は、ここに該当するものもあり、JISの定義上は、油性ボールペンではないということになります。もっとも、現段階では、油性ボールペンに分類するメーカーが多いようです。


個人的には、ゲルインクボールペンは、リフィル内では粘度が高いにもかかわらず、筆記するときには滑らかなインクとなるチキソトロピー性があること、つまり筆記状態と静止状態のインキの粘度の差が大きいことに本質があると考えています。なぜなら、この粘度変化こそが、水性では滑らかな書き味とにじまない描線を両立した要素であり(ボールサイン「開発までの道のり」(サクラクレパス))、油性では加圧に耐えるインクを実現した要素であるからです(About Fisher Space Pen」(Fisher Space Pen))。

以上を元に、簡易な分類を作ると、こうなります。

本テストでは、概ねこの分類に従って、ボールペンを分類しています。例えば、低粘度油性は、JISでは定義外になる場合でも、チキソトロピーが大きくない限りは、油性ボールペンに分類します。

なお、顔料染料の区別も組み合わせると、以下のようになるかと思います。

油性染料顔料混合ゲルとしては、フィッシャー以外にパワータンクも含まれそうですが、断言できなかったので、入れませんでした。なお、フィッシャーのリフィルがチキソトロピー性を利用したものであることを、テスト開始時点で知らなかったため、このテストでは、フィッシャーは油性ボールペンに分類されています。

スラリは、「油性のしっかりした手ごたえと、ジェル(水性)のさらさらした軽さを兼ね備えたエマルジョンインク」搭載を謳っており、ゲルか油性か迷うところです。しかし、特許公報を見る限り、分散質として水性ゲルインキ、分散媒として有機溶媒という、油中水滴型エマルションとはされているものの、チキソトロピー性については言及がありません(特許公開2009-185153、特許公開2010-222440)。油性成分の割合は6~7割程度のようなので、インク全体としてはチキソトロピー性を利用していないのではないかとの理由で、ここでは油性インクに分類することにしました。



2. テスト対象

以下のペンについて、テストを行いました。

メーカー名 ボールペン名 インク名 リフィル名 太さ ボール直径 (備考)
となっています。
灰色になっているものは、一部テストのみされているものです。

油性ボールペン
  1. BIC Round Stic 1.0mm
  2. CARAN d'ACHE Goliath F
  3. CARAN d'ACHE Goliath F (1993年製)
  4. Cross M 1.0mm
  5. Fisher Space Pen PR4F F (厳密には、油性ゲル
  6. Parker F 0.7mm
  7. Parker M 1.0mm
  8. Parker M 1.0mm (1990年前後製)
  9. Montblanc F
  10. Montblanc M
  11. Montblanc F (1992年製)
  12. Lamy M16 M
  13. OHTO No.87NP 0.7mm
  14. OHTO No.P80-07NP 0.7mm
  15. Pentel .e-ball BKL7 0.7mm
  16. Pentel Rolly BPS7 0.7mm
  17. Pentel VICUNA BXM7H 0.7mm
  18. Pilot Acroball BRFV-10F 0.7mm
  19. Pilot A-ink BRFN-10F 0.7mm
  20. Pilot A-ink BRFN-30F 0.7mm
  21. Platinum OLEENU 0.7mm
  22. Schmidt(Romeo版) easyFLOW  9000 1.0mm
  23. Tombow BR-CS2 0.7mm
  24. Tombow AirPress BR-SF 0.7mm
  25. uni(三菱鉛筆) BOXY S-7S 0.7mm
  26. uni(三菱鉛筆) Jetstream SXR-7 0.7mm
  27. uni(三菱鉛筆) PowerTank SJP-7(金属製) 0.7mm
  28. uni(三菱鉛筆) PowerTank SP-7(PP製) 0.7mm
  29. uni(三菱鉛筆) Very楽ボ SA-7N 0.7mm
  30. ZEBRA K-0.7 0.7mm
  31. ZEBRA UK-0.7 0.7mm
  32. uni(三菱鉛筆) SA-7CN 0.7mm
  33. ZEBRA Surari EQ-0.7 0.7mm
  34. Parker QUINKflow F 0.7mm
  35. BIC Orange Easy Glide F 0.7mm
  36. Waterman Standard Max F
  37. Fisher Space Pen SC4F F
  38. Pilot SuperGP(スーパーグリップ) BPRF-6F 0.7mm
  39. OHTO I-Fit KBR-107NP

ゲルインキボールペン
  1. OHTO G-305 0.5mm
  2. Pentel Energel XLRN5 0.5mm
  3. Pentel HyperG XKLR5 0.5mm
  4. Pentel Slicci 0.4mm
  5. Pilot Hi-Tec-C Cavalier LHRF-15C4 0.4mm
  6. Pilot Dr.Grip Gel LG2RF-8F 0.7mm
  7. Sakura Ballsign 0.6mm
  8. uni(三菱鉛筆) Signo UMR-85N 0.5mm
  9. ZEBRA JELL-BE JX-0.5 0.5mm
  10. ZEBRA Hyper Jell J-0.5 0.5mm
  11. ZEBRA SARASA CLIP JF-0.5 0.5mm
  12. ZEBRA SARASA stick JT-0.4 0.4mm
  13. Pentel KFB5 0.5mm
  14. LOTUS True Coloer

水性ボールペン
  1. Lamy tipo M66 M
  2. Faber-Castell Graf von Faber-Castel
  3. Rotring Core
  4. Rotring Initial
  5. Itoya PaperSkater Synergy 0.5mm
  6. OHTO C-305 0.5mm
  7. OHTO NCB-300AT PC-105NP 0.5mm
  8. Pentel Ball Pentel 0.6mm
  9. Pilot MULTI BALL
  10. Pilot PERMA BALL
  11. Pilot V CORN 0.5mm
  12. Pilot V CORN C 0.5mm
  13. Pilot V BALL RT LVKRF-10EF 0.5mm
  14. uni(三菱鉛筆) UBR-300 0.5mm
  15. uni(三菱鉛筆) Vision Elite 0.5mm
  16. Tombow Zoom505 BK-L5P 0.5mm
  17. ZEBRA A-300 0.5mm
  18. Pilot Hi-tecpoint V5 0.5mm
  19. SCHMIDT P8126 0.6mm

マーカー
  1. Pentel Sign Pen
  2. Sakura Pigma 0.1mm
  3. ZEBRA Mckee

万年筆
  1. Montblanc Black
  2. Pelikan Brilliant Black
  3. Pilot Black
  4. Platinum Black
  5. Platinum Carbon Black
  6. Sailor Jentle Ink Black
  7. Sailor 極黒
  8. Platinum Blue Black
  9. Sailor 青墨
  10. Pilot Blue Black (旧インク)

3. A. 耐光性テスト

2010年4月から10月の6ヵ月間、南東の窓に貼りつけて、経過を比較しました。

油性ボールペン
ゲルインキボールペン
水性ボールペン
マーカー
万年筆

油性ボールペン
一見して分かるのは、油性ボールペンは、耐光性の低いものが多いということです。これは、多くの油性ボールペンは油性染料ボールペンであるため、光によって染料が分解されてしまうためと思われます。

ただし、最近は油性であっても顔料を配合したボールペンが増えてきています。特に低粘度油性では、顔料を配合した製品が多く、耐候性が高いものが多いようです。

以下、具体的製品について述べます。

BICCARAN d'ACHEといった海外メーカーのボールペンは、昔ながらの油性染料ボールペンがほとんどで、耐光性が低くなっています。

ただし、古いParkerと古いMontblancについては、耐光性が高いようです。これは、古いリフィルでは顔料を配合していたためか、溶媒が揮発してインクが濃縮されたため、描線中の染料の量が増え、退色が遅くなったのか、理由は不明です。おそらく後者ではないかと思いますが、いずれにしても、現行品では耐光性は低いようです。

easyFLOW  9000は、海外版低粘度油性といったリフィルですが、純粋な油性染料のようで、耐光性は低いようです。描線が濃いため、耐光性が高いかとも思ったのですが、むしろ耐光性が低い方でした。

OHTOTombowPilotといった日本メーカーのボールペンも、昔ながらの油性は、耐光性が低くなっています。このテストでは、低粘度油性を多く選んでいるため、耐光性が高いものが多いようですが、実際には昔ながらの油性がほとんどではないかと思います。

ただし、PilotA-ink やAcroballは、耐光性が比較的高くなっています。これらは油性染料インクのはずですが、工夫されているのか、耐光性が従来の油性染料ボールペンより高くなっているようです。とはいえ、テスト終了時には相当退色してしまったので、あくまで油性染料インクとしてはという程度にとどまります。

Pentel Rollyは、このテストの中でもっとも耐光性が高かった製品の一つです。元々の色は比較的薄かったのですが、ほぼまったく退色することがありませんでした。ここでは載せていませんが、赤色と青色のRollyの耐光性テストを行った際も、ほぼまったく退色することがありませんでした。赤色については、同時にテストした顔料ゲルのシグノでさえも退色していたことを考えると、驚異的な結果です。耐光性に関しては、最も優れた製品の一つではないかと思います。

uni(三菱鉛筆)Jetstreamは今の低粘度油性ブームの引き金となった製品ですが、顔料配合により、耐光性は高くなっているようです。幾分退色はするものの、十分な耐光性を持っているといえるでしょう。一方PowerTankは、uni(三菱鉛筆)の染料顔料混合インクの走りとなった製品で、これも顔料により高い耐光性をもっているようです。なお、PowerTankは、金属製リフィルであるSJP-7とプラスチック製リフィルであるSP-7とでは、使用しているインクが異なるようで、描線の色が微妙に異なります。SJP-7の方が黒に近いのですが、耐光性もSJP-7の方が高いようで、SP-7の方はわずかに退色しています。

VICUNAは、Pentelが出した低粘度油性です。Jetstreamの対抗馬的製品になりますが、こちらも顔料を配合してあり、耐光性は高くなっています。Jetstream同様、幾分退色はしますが、十分な耐光性を持った製品だと思います。

ZEBRAの低粘度油性であるSurariは、公文書でも使えることを宣伝文句の一つとしています。しかし、退色は従来の油性染料ボールペンと同程度の速度で進みます。もっとも、他と異なり、青色の文字が残ります。これが顔料成分かは分かりませんが、もしかすると、これ以上は退色しないのかも知れません。いずれにしろ、耐光性という点では、あまり期待しないほうが良いと思います。

Fisher Space Penは、チキソトロピー性を利用しているため、厳密には油性ゲルインキボールペンだと思います。ただ、テスト開始時点で、そのことを知らなかったため、油性ボールペンに分類してあります。もっとも、一般には、油性ボールペンとされているため、こちらで語るほうが混乱が少ないかも知れません。

ともあれ、Fisher Space Penは、現行の海外製「油性」ボールペンで(知る限り)唯一、耐光性が高い製品です。染料を配合していることは間違いないのですが、当時の特許(US Patent # 3,285,228)の実施例を見るかぎり、どうも顔料も配合しているらしく、そこが耐光性の高さの理由ではないかと思います。多少は退色するものの、十分な耐光性を持った製品と言えるでしょう。



ゲルボールペン
油性ボールペンとの比較で一見して分かるのは、ゲルインキボールペンは、耐光性が高いものが多いということです。これは、ゲルインキボールペンでは、顔料を使用したボールペンが多いためだと思われます。

以下、具体的製品について述べます。

OHTO G-305Pentel EnergelPentel SlicciPilot Hi-Tec-C CavalierPilot Dr.Grip Gelは、水性染料ゲルインキボールペンです。Pilot製品は、ごく一部を除いて、油性水性問わず染料が多いように思います。いずれも、経時と共に退色が見られます。ただし、油性染料ボールペンよりは、退色の速度は遅いようです。とくにOHTO G-305では、ごくわずかに退色がみられるだけです。

その他の製品は、水性顔料ゲルです。いずれも、まったくと言っていいほど退色していません。

ただし、ZEBRA SARASA stick JT-0.4については、ごくわずかながら退色が見られました。顔料としてカーボンブラックを使用していると思っていたのですが、退色したことからすると、別の顔料を使っていたりあるいは染料も混ぜてあったりするのかも知れません。SARASA CLIP JF-0.5 とは、よくよく見ると描線の色合いも異なり、その他のテスト結果を考慮しても、インクが異なるように思います。

水性ボールペン
これもまた、一見して気づくのは、油性ボールペンに比べて、耐光性が高いものが多いことです。もっとも、その理由は、複数あるように思います。

以下、具体的製品について述べます。

まず、Pilot V CORNPilot V BALL RTZEBRA A-300Pilot Hi-tecpoint V5については、油性染料ボールペンと同様の、明らかな退色が見られます。これは、水性染料ボールペンであるからと考えられます。

次に、Itoya PaperSkater SynergyOHTO NCB-300ATPilot MULTI BALLPilot PERMA BALLPilot V CORN Cuni(三菱鉛筆) Vision EliteTombow Zoom505は、全くと言っていいほど退色していません。これは、水性顔料ボールペンであるからと考えられます。

問題は、LamyFaber-CastellRotringOHTO C-305Pentel Ball Penteluni(三菱鉛筆) UBR-300です。これらは、水性染料ボールペンです。にもかかわらず、退色はほとんど見られません。理由として考えられるのは2つ、a. 使われている染料が耐光性が高いものだったか、b. インクの量が多かったため退色が遅れたかです。

基本的には、海外製ボールペンやBall Pentelなど、退色していない製品がボール径の大きいものに集中していることから、b. の理由によるものではないかと思います。ただし、万年筆でのSailor Jentle Ink Blackの結果を見ても分かるように、染料でも耐光性の高い製品は存在するので、ものによってはa. の理由もあるかも知れません。


マーカー
たまたま、水性染料、水性顔料、油性染料がそろいました。

Pentel Sign Penは、水性染料インクです。あまり退色していませんが、これは、水性ゲルインキボールペンの項でも述べたように、インクの量が多いからではないかと思います。

Sakura Pigmaは、水性顔料インクです。こちらは、アメリカ自然科学博物館での調査で恒久保存記録用のペンとして最高評価を受けていたり、戸籍簿原本(今は電子化に移行しつつありますが)への記載用のペンとして法務省から認められたことがあったり、保存用として実績のあるペンです。このテストでも、退色はほぼまったくみられません。

ZEBRA Mckeeは、油性染料インクです。これもまたあまり退色していませんが、やはりインクの量が多いからではないかと思います。


万年筆
万年筆は、基本的に水性染料インクを使うものなので、耐光性はあまり高くありません。ただし、もちろん例外もあります。

以下、具体的製品について述べます。

MontblancPelikanPilotPlatinumの黒色インクは、水性染料インクで、いずれも耐光性は高くありません。もっとも、油性染料ボールペンよりは概して高いようです。

Sailor Jentle Ink Blackは、水性染料インクですが、ごく微妙にしか退色していません。染料でありながら、耐光性は非常に高いようです。

Platinum Carbon BlackSailor 極黒Sailor 青墨は、水性顔料インクです。いずれも、ほぼまったく退色しておらず、極めて高い耐光性をもつことが分かります。

Platinum Blue BlackPilot Blue Black (旧インク)は、いわゆる古典ブルーブラックインクです。古典ブルーブラックインクは、よく保存用に適しているなどと言われることが多いのですが、結果を見るかぎり、耐光性は高いとは言えません。酸化反応が進んでないからかと思い、18年前に筆記された紙も持ち出してきましたが、結果としては、耐光性の低さを確認することになってしまいました。

そもそも、ヨーロッパで記録保存用に使われてきたのは、没食子インクと羊皮紙の組み合わせであって、古典ブルーブラックインクと紙の組み合わせで長期保存されてきたわけではありません。古典ブルーブラックが、現在の他のインクと比べて、保存に有利とされるのは、この点の混同による部分があるのではないかと思います。

4. B. Anti Check Washing Test

以下の手順でテストを行いました(注1)

1. 筆記後約3週間乾燥
2. エタノールで10分間超音波洗浄
3. 除光液(主成分アセトン)で10分間超音波洗浄
4. 水で3分間超音波洗浄

(注1)
手順については、三菱鉛筆の英国サイト(改ざん防止における顔料インクの優位性を書いたページで、アセトンに10分間浸けることにより染料インクが除去されてしまう旨の記述あり)と、英語版WikipediaのCheck Washingの項(溶媒として、アセトン及びイソプロピルアルコールの記述あり)を、単純に組み合わせたものです。ただし、イソプロピルアルコールは手元になかったので、代わりにエタノールを使用しました。また、最後に水で洗浄したのは、除光液の香料がきつすぎたので、それを和らげるためです。
油性ボールペン
一見して、油性ボールペンは、Check Washing耐性の低いものが多いということが分かります。また、さらに細かく見ると、耐光性テストの結果と、ほぼ一致していることが分かります。

これは、耐光性に劣る油性染料ボールペンはCheck Washingに対しても弱く、逆に耐光性に優れる油性顔料又は油性染料顔料混合ボールペンはCheck Washing対しても強いということを意味します。ボールペンに使われる油性染料の多くは、低級アルコールやアセトンによく溶けるため、Check Washingで容易に洗い流されてしまうためと思われます。

以下、具体的製品について述べます。

耐光性と同じく、海外メーカーのボールペンは、昔ながらの油性染料ボールペンがほとんどで、Check Washingには弱いものとなっています。

ただし、古いParkerと古いMontblancは、Check Washingにもよく耐えています。特に古いMontblancは、ほぼ完全に文字が残っています。この原因も不明ですが、耐光性の場合と同じく、溶媒の揮発による濃縮か、そもそも成分が異なっていたかのいずれかだと思います。ただし、同様に古いCARAN d'ACHEや、実は10年ほど前の製品と思われるCrossも良く残っていることからして、前者の可能性が高いのではないかと思います。

日本メーカーのボールペンも、昔ながらの油性は、Check Washing耐性が低いのは耐光性の場合と同様です。

低粘度油性では、染料と、顔料又は染料顔料混合とで、耐光性以上にはっきり結果が分かれました。

easyFLOW  9000OLEENUUK-0.7といった油性染料の低粘度油性ボールペンは、軒並み綺麗に洗い流されています。耐光性テストでは、油性染料ボールペンとしてはかなりの健闘を見せたPilotA-ink やAcroballも、ここでは、ほぼ判読不能なまでに文字が消えています。

それに対して、JetstreamVICUNAといった油性染料顔料混合ボールペンは、いくらか文字が薄くはなるものの、十分判読可能な程度に文字は残っています。これだけ残っていれば、改ざんのおそれはないでしょう。

Surariは、文字は確実に残っているのですが、かなり薄くなっています。ただし、薄くはなっているとはいえ、文字が読める程度には残っているので、改ざんのおそれは低いと思います。

また、低粘度油性以外にも、PowerTankは、金属製リフィルもプラスチック製リフィルも文字が残っています。とりわけ金属製リフィルは、文字がほとんど薄くなることもなく、Check Washing耐性は非常に高いと言えます。

Pentel Rollyは、耐光性に引き続いて、ほぼ完璧なCheck Washing耐性を示しました。JetstreamVICUNAPowerTankでは、文字が残っているとはいえ、染料も混合されたインクであるため、アルコールやアセトンをかけられると文字がにじむことになりますが、Rollyではその心配もありません。Check Washing耐性の点では、油性の中では最も優れた製品ではないかと思います。

Fisher Space Penは、それなり薄くはなるものの、十分判読可能な程度に文字が残っています。現行の海外製「油性」ボールペンでは、おそらく唯一Check Washingに耐えられるボールペンなのではないでしょうか。

ゲルボールペン

これも一見して、ゲルインキボールペンは、Check Washing耐性が高いものが多いことが分かります。耐光性テストの結果とほぼ一致する点も共通です。

以下、具体的製品について述べます。

水性染料ゲルインキボールペンのうち、Pentel EnergelPentel SlicciPilot Dr.Grip Gelは、相当程度退色しました。今回のテストでは、主に有機溶媒による洗浄の影響を見ることに主眼があり、水での洗浄はわずかしか行っていないのですが、水性染料ということで、水には弱かったものと思われます。もっとも、油性染料ボールペンのように完全に消えてしまうことは、無いようです。

OHTO G-305Pilot Hi-Tec-C Cavalierは、水性染料ゲルインキボールペンにもかかわらず、ほとんど退色が見られません。水性染料ながら、ある程度の耐水性を持っているものと思われます。


一方、水性顔料ゲルは、いずれも、まったくと言っていいほど退色していません。顔料インクは、Check Washingに対しては、非常に耐性が高いと言えると思います。

水性ボールペン
水性ボールペンは、今回のCheck Washingテストで完全に文字が消えるものは殆どありませんでした。

以下、具体的製品について述べます。

まず、OHTO C-305Pentel Ball PentelPilot V CORNPilot V BALL RTuni(三菱鉛筆) UBR-300ZEBRA A-300Pilot Hi-tecpoint V5は、程度の差こそあれ、いずれも文字が薄くなっています。これらは、水性染料ボールペンであるため、水での洗浄部分で、インクが流されたものと思われます。

また、LamyFaber-CastellRotringは、文字が非常に滲んでいます。これらも水性染料ボールペンということで、同様にインクが流されたものと思われます。文字が薄くならずに、滲んだ理由は、インクの量が多かったことが理由ではないかと思います。

一方、水性顔料ボールペンの、Itoya PaperSkater SynergyOHTO NCB-300ATPilot MULTI BALLPilot PERMA BALLPilot V CORN Cuni(三菱鉛筆) Vision EliteTombow Zoom505は、全くと言っていいほど退色していません。やはり、顔料は、Check Washingに強いということが言えると思います。

マーカー
マーカーについても、傾向は変わりません。

水性染料インクのPentel Sign Penは、色がやや薄くなりました。水での洗浄部分で、インクが流されたものと思われます。

水性染料インクです。あまり退色していませんが、これは、水性ゲルインキボールペンの項でも述べたように、インクの量が多いからではないかと思います。

水性顔料インクのSakura Pigmaは、やはり退色がほとんどありません。

油性染料インクのZEBRA Mckeeは、ほぼ完全に消えてしまいました。耐光性テストでは、ほとんど退色が見られなかったのですが、油性染料というインクの性質上、Check Washingには非常に弱いようです。

万年筆

万年筆では、油性インクは(おそらく)存在しないため、水性染料か水性顔料かの違いになります。

以下、具体的製品について述べます。

PelikanPilotPlatinumSailor Jentle Ink Blackは、他の多くの水性染料インクと同様、消えはしないもののある程度退色するという結果となっています。もっとも、Sailor Jentle Ink Blackは、非常に濃く残っており、水には比較的流れにくいインクと言えるかも知れません。

これに対して、Montblancは、同じ水性染料インクでありながら、綺麗に消えています。水に非常に流れやすいインクと言えるのではないかと思います。

水性顔料のPlatinum Carbon BlackSailor 極黒Sailor 青墨は、いずれも、ほぼまったく退色していません。万年筆の場合も、顔料インクは、Check Washingに対して強いと言えるようです。

Platinum Blue Blackは、うっすらと文字が残る程度となりました。古典ブルーブラックインクの性質上、おそらくこれ以上は薄くなりにくいとは思いますが、水性染料インクと比べてもかなりの退色です。Check Washingに対して耐性があるとしていいかは、かなり微妙なところに思えます。